傾向

28歳ブサイク。彼女いない歴=年齢。将来どうすればいいのかわからない... ツイッターアカウントはこちら@udon_zuruzuru

書いて書いて書きまくる...

これからは...書いて書いて書きまくりたい。

今までは「書きたい」という気持ちがわいてきた時だけ文章を書いていた。

それじゃダメだ。もっともっと文章を書いて書いて書きまくらなきゃ。

そして、ただ書くだけでは意味が無い。第三者が読んで「おもしろい」と思わなければ意味が無い。

自己満足の文章なんて書いても仕方ない。

だけど自分自身が「おもしろい」と感じる文章はたいてい、第三者が読んでもおもしろいと感じることが多いとは思う。

何も書くことが無い。

何も書くことがないが、それでも何かを書きたい。

僕は作家になりたい。文章で食っていけるようになりたい。

そのためになら...書くことがなくてもなりふりかまわず、もがいて動いて醜態をさらしてでも、なんとか第三者から「おもしろい」と
思われるものを書きたい。

本当に文章で食っていきたいと思うなら...たぶん人からどう批判されようと、いくら「おもしろくない」「つまんない」と言われても
「いや...俺には才能がある...」と自分を信じて書き続ける強さが必要だと思うから。

本気で欲しいものがあるなら...そのなにかを本気で取りに行くべきだ...

...僕は今そんなことを考えている...

僕はたぶん失敗するのが怖かった。「つまらない」「おもしろくない」と言われるのが怖かった。

だから文章を書いてもなかなかブログに投稿することが出来なかった。

僕はツイッターとブログを連動させているのでブログを投稿すると、それがツイッターに投稿される。
「ブログが更新されました」というように。

そのツイートにどれだけ「いいね」がつくか、どれだけリツイートされるか。それでブログの内容がどれだけ共感されて、
興味を持たれて、楽しんでもらえたかが可視化される。評価がみんなに見られる。

そこですべるのが怖かった。ほとんどいいねがつかなかったり、誰からも言及されないのが怖かった。

「おもしろくない」と思われたり「あんたの文章に興味ねえわ...」ってスルーされるのが怖かった。

「そんなの気にしすぎじゃね?」とあなたは思うかもしれない。

でも僕にとってはそれが全てだったんだ。すべること、すなわち、いいねがほとんどつかなかったり、リツイートがほとんどされなかったり
話題にされないこと。それはつまり「すべった」ということだ。

僕は今までの人生において、何の挑戦もしたことがなかった。

それは単純に...失敗するのが怖かったからだ。人から「うわ...(笑)あいつすべってる(笑)」「ださ...(笑)」って思われるのが
怖かった。

でも一番怖かったのは他人からの視線ではない。

自分自身に幻滅したくなかったのだ。自分自身にがっかりしたくなかった。失望したくなかった。

何かに挑戦して失敗する自分を見るのが怖かった。

挑戦しないことで「もし挑戦していたらうまくいってたかもしれない...」という可能性を残すことが出来る。逃げ道を作ることが出来る。

僕は挑戦しないことで「失敗する自分」「社会においての自分の立ち位置や能力」と向き合うのを避けていた。そんな気がする。

でも今は少し考え方が変わった。

本当に欲しいものがあるなら...どれだけ失敗してもどれだけ醜態をさらしても...それを取りに行くべきじゃないのか?

いや...もっと言うなら...本当に欲しいものがあるなら「取りに行かざるを得ない」んじゃないのか?

取りに行かなくても平気でいられるってことは...たいしてそれが欲しくないんじゃないか?その程度に過ぎないんじゃないか?

そんな気がしている。

欲しいものは取りに行けばいい。欲しくないなら取りに行かなければいい。ただそれだけのことなのだ。

話がずれた。

僕は自分の文章ですべるのが怖かった。ブログの投稿を知らせるツイートに全くいいねやリツイートがつかないことが
怖かった。

すべったことを多くの人に見られてしまうのが怖かった。

ドヤ顔で「どうだ!おもしろいだろ!」って自信満々で出したものが
全然ウケなかったことがみんなに見られてしまう。

それが怖くてたまらなかった。

まさに公開処刑

僕は処刑されたくなかった。

かといって、誰かにかまってほしいことが見え見えの文章、誰かに言及されたい、話題になりたいのが見え見えの「炎上系文章」は
書きたくなかった。そんなさむいことは絶対したくなかったし、そういった炎上狙いの文章を書いて
狙い通り見事に炎上させるという器用な芸当は僕には出来なかった。


自分なりに真剣に一生懸命書いたものが誰かの気持ちを揺さぶって「おもしろい...」「共感する...わかるわ...」
「こいつ文章上手いな...」そんな風に思ってもらうのが僕の夢だった。

究極的には、自分自身で心の底から満足できる文章を書ければ他人からの評価は必要とせず自己満足出来るのかもしれないが
まあとりあえずは誰かに評価されたかった。他者からの評価をもらって安心したかった。他者からの支え、自分を信じるための
外部からの「証拠」のようなものを必要としていた。

何が言いたいのか分からなくなってきたけど、とりあえず僕はすべるのを恐れず、失敗をおそれず、
今後はどんどん文章を書くことにしたい...ということが言いたかったんだと思う。

文章で食っていくにはある程度「数打ちゃ当たる」精神が必要だと思う。

たくさん書いてたくさん発表して、誰かから「おもしろい」「この人の文章を他にも読みたい」
そんな風に思わせることがどうしたって必要だと思うから。

とりあえずこれから...ブログの更新頻度をあげていきたい...自分なりに一生懸命書きたい。どれだけ「おもしろくない」と言われても
自分なりに一生懸命書きたい...

今回僕が言いたかったのはそれだけです。

2018年...今年は失敗してもいいからきちんと「挑戦した」「力を出し切った」と
思える年にしたい。

宜しくお願い致します...

読んで頂きありがとうございました。